FC2ブログ

Home > 日記

日記 Archive

金春會定期能@國立能樂堂

 能『田村 白式』シテ櫻間右陣
 狂言『眞奪(しんばひ)』シテ善竹十郎
 能『杜若 袖神樂 素囃子』シテ山井綱雄
 能『邯鄲』シテ山中一馬

じっくりみたかった金春流。
『田村 白式』は、前が白の水衣に喝食。後が白のハッピに天神。田村は苦患がありませんので、かうなるとほぼ脇能あつかいひ。本來修羅物なので見てゐるはうは不完全燃焼。
『杜若』のシテの實力に感心。揚幕が上って、ワキに「のうのう」と話しかけるところから尋常ならざるオーラ。特に物着なってからの所作の必然性たるや。常のこの曲を知らないのですが、舞は神樂の囃子で序の舞のやうな不思議な感。橋掛りで水面を見渡す體。常座の留拍子ではなく、橋掛りでの合掌留ははじめて。ワキとのバランスも問題なく、一瞬も見逃せない感動。
『邯鄲』のシテの熱演。低い調子ではじまり、樂の舞から見せ場の一畳臺への飛び込みに至る周到な作劇。そして、盧生が目覺めてからの短くしづかな大悟の時間。詞章と構成に即した地謡。全體がひとつになった舞臺。盧生の夢の中の時間がどんどん加速し、四季のうつろひが疾速してゆき、つひにシテが橋掛かりから一畳臺に向けて走り、飛び込みざま横臥するクライマックス。思辯を超えた哲學の高さ深さ。

Fauré_ Quintettes avec piano


小生にとってとらへどころのない存在だったフォレ。この盤でグッと近づきました。
特にピアノ五重奏曲第二番がすばらしい。冒頭樂章の充實した音樂性。短く速い第二樂章をはさんで、長い緩徐樂章。旋律の美しさにひたりながらも、ゆくへの定まらぬ和聲にたゆたふ至福の十二分間。
大家の横綱相撲の風格と、氣鋭の演奏者の出會ひの賜物。

•G.Fauré: Quintettes avec Piano/ Alpha Alpha602

Prokofiev_ Œuvre pour piano


作曲者の生きていゐた時代に、ここまで正しい演奏が可能だったのかは疑はしい。
作曲者自身よりもより音樂の核心をついてゐるかのやうな演奏。
プロコフィエフ二十代前半。二十世紀の音樂の前線を、かくも感動的な演奏で聽くことのできる幸福。

•S.S.Prokofiev: Œuvre pour piano/ MIRARE MIR165

入梅

本日梅雨入りとのこと。
手術からひと月といふことで、病院へ。
M先生は超多忙なので、會話は要を得て簡潔。
金具が肩鎖關節にぶつかるのでビリビリした感じがあるかもしれないが、上肢は自由に使ってよいとのこと。
まずは順調。
しかし、こんな濕氣のある日は右肩全體がうづく。晝過ぎ、我慢できずに鎭痛劑を服用。
亡くなった祖母は、梅雨のことを入梅と言ってゐた。
「入梅なる前に肥料やらねばな(宮城辯)」と言ひながら、花壇に肥料をやってゐた。
精選國語辞典(明治書院)をひくと、梅雨そのものを入梅とも呼ぶ、とあった。
私の花好きは祖母ゆづりである。

Telemann_ Don Quixotte, Gulliver


小氣味よく爽やかなテレマン。
かういふ上質の若手の演奏を聴くと、テレマンの本當の良さが體感できるやうな氣がしますね。
樂しい選曲ですが、ちゃんと「格」が備はってゐるところが高得點。

•G.Ph.Telemann: Don Quichotte, Qulliver.../ AMBRONAY AMY302

Vivaldi_ NUOVA STAGIONE


一枚で何層もの美味しさが堪能できるお得盤。
一聲部一人の編成で聽く極上のビバルディ。
鼓膜が受け取る空氣の振動のすべてが意識されるわけではない。しかし。自覺されない電氣信號は、必ずや腦のしかるべく部位を刺激し、體内に疾走する快感をもららすのだ。
アマンディーヌ・ベイエのサウンドにいつのまにかカラダが動いてしまふのは、さういふ機構によるものに違ひない。

•A.Vivaldi: 'NUOVA STAGIONI'/ Zig-Zag Territoires ZZT310

Debussy.jpg


『牧神の午後への前奏曲』に完全に壓倒されました。
形式や構成に頼らないで音樂を作る革新性の、確固たる手ごたへ。それなのに、かくも濃厚でゆるやかな時間。
マラルメの百十行の詩。ドビュッシーの百十小節の音樂。インマゼールが奏でる至福の十一分間。
たゆたふ午睡の官能は、能の序の舞に匹敵。
オススメ。

•C.Debussy: Prélude à l'après-midi d'un faune.../ Zig-Zag Territoires ZZT313


少し入荷。
•Come again; John Dowland and his Contemporaries/ CPO 777 799-2
•A.Falconieri: Il Spiritillo Brando/ GLOSSA GCD923101
•Pino De Vittorio: Siciliane/ GLOSSA GCD P33001

拔糸

本日、鎖骨骨折手術の拔糸。
今日から腕を九十度外轉しても良いとのこと。
ヨガでとっくにバンザイ姿勢をしてゐることは内緒。
いささか疲れたので小一時間の晝寢。
ケガが通勤途中のため、バイクや當時の服装、現場寫眞等を撮影。
本日やるべきことを終えたところで虚脱状態。
こんな時、どう過ごせばよいのせうか。

De La Rue_ Portarit Musical


三十年程前に出たレクイエムがとても「癒し系」で有名だったのですが、他の作品の録音は多くないですね。
内容はルネサンスの多聲音樂の主流の安定した作風。
どこか温和な雰囲氣。
カピラ・フラメンカは力みなく三枚組で出す實力のある佳演。

•De La Rue: Portrait muscal/ Musique En Wollonie MEW1159

【備忘録】この一週間におこったこと

 四月二十五日(木)午後五時五分
 千代田區大手町一丁目永代通において、バイクを運轉中、赤信號で横断歩道を渡ってゐた歩行者と接觸し轉倒。
同日 午後六時半頃
 救急車にて日本醫科大學病院搬送。右鎖骨外端骨折と診斷される。また、左膝挫創については、皮膚および皮下組織が欠損し、膝蓋腱膜が露出してゐる状態であった。各々處置を受ける。
同日 午後八時三十分頃
 病院退出。丸の内警察署へ電話。擔當者によると、歩行者は非を全面的に認めてをり、運轉者のケガ、物損については誠意をもって對應したいと述べてゐる由。歩行者はバイクに足を踏まれてをり、救急搬送されてゐるが、警察としては「双方ケガのない事故としてとりあつかう」旨、通知される。この後、歩行者から連絡があるので當事者間で話し合ふやう勧告される。
同日 午後九時頃
 帰宅。
同日 午後十一時頃
 歩行者から電話あり。謝罪と損害補償の申し出あり。當方としては、警察が「双方ケガのない事故」つまり、運轉者の轉倒受傷を運轉者の自損であると事實上見なしてゐる以上、歩行者に責を負はせることはできないことを告げ、けが物損ともに運轉者が負擔することを告げた。
四月二十六日(金) 朝
 地元のF病院整形外科受診。翌日入院、四月三十日手術、五月二日退院が決定。

250430.jpg 激動の、そしてこの上なく長く、過ぎてみれば瞬く間の一週間。
バイク通勤十二年にしてはじめての事故です。いえ、警察はいはゆる交通事故とみなしてゐないのでした。とにかく人生はじめての骨折と全身麻醉手術がトントン拍子に運んだことはなにより。
今囘、歩行者が自らの非を認め、逃げずに事故現場にとどまり、救急車を呼んでくれたことが、私の心を最も動かしました。大手町一丁目といふ衆人監視の中でおこった事故とはいへ、横斷歩道は聖域。歩行者の主張によっては運轉者に刑事罰が課されることも十分にありえます。また、事態の恐ろしさから立ち去ることも可能です。
しかし、この若いサラリーマンはさうではありませんでした。きけば大手町にお勤めとのこと。
日本に生まれてよかった。この國の未來は明るいと確信しました。

退院してみれば、音盤の山がまた。
•Telemannisches Gesangbuch/ Carus 83.340
•H.Schütz: Lukaspassion & Die Sieben Worte/ Carus 83.253
•J.Ph.Krieger: Musicalischer Seelen-Frieden/ Carus 83.372
•G.F.Handel: English Arias/ Hyperion CDH55419
•Julie Fuchs; Mélodies de jeunesse/ APARTE AP050
•G.F.Handel: Bad Guys/ APARTE AP048
•L.van Beethoven: Con Intimissimo Sentimento/ AMBRONAY AMY037
•A.Dvořák: Stabat Mater/ Phi LPH009
•M.-A.Charpentier: Judith ou Béthulie libérée/ K617 K617242
•W.A.Mozart: Pino Concertos KV456 & 459/ ACCENT ACC24278
•F.Schubert: Licht und Liebe/ harmonia mundi/ HMC902130
•G.B.Pergolesi: Septem verba a Christo/ harmonia mundi/ HMC902155
•J.S.Bach: Violin Concertos BWV1041-1043/ harmonia mundi HMC902145
•H.Lawes: Ayres/ MIRARE MIR177
•M.Weckmann: Conjuratio/ MIRARE MIR204
•Roberta Invernizzi; I Viaggi di Faustina/ GLOSSA GCD922606
•L.Le Prince: Missa Macula non est in te/ GLOSSA GCD921627
•F.Couperin: Pièces de violes/ GLOSSA GCD920414
•Mediterraneo/ Virgin Classics 5099946454720
•J.A.Hasse; A.Scarlatti; D.Scarlatti: Salve Regina/ Hyperion CDH55354
•H.Purcell: Hail! bright Cecilia/ Hyperion CDH55327
•G.F.Handel: Heroic Arias/ Hyperion CDH55370
•ENGLISH ROYAL FUNARAL MUSIC/ RICERCAR RIC332
•Rose tres bele; Chansons & polyphonies des Dames trouvères/ Alpha Alpha156
•Lord Gallaway's Delight; An Excellent Collection of Dances & Gaelic Laments/ Alpha Alpha534
•L.van Beethoven: The Late String Quartets Op.135 & Op.132/ æon AECD1223
•Les Sacqueboutiers; Le Jazz et La Pavane/ FLORA 2812
•L.van Beethoven: The Complete String Quartets Vol.2/ Zig-Zag Territoires ZZT321

をさな妻?

ひと月。すっかりわが家の一員となった金魚たち。
餌をモリモリ食べてスクスク育ってゐるやうなのですが、最近、背の赤いはう(假稱ドン)の腹がいびつにデカくなってきました。
「やはり餌のやりすぎはよくないんだな。」
さう思ってゐたら、本日歸宅するや微妙ななまぐささ・・・。


「キターッ!」


水槽の底一面に透明な粒粒。
産卵でした。
もう君たちっ!
二頭とも當歳(平成二十五年生)ですよ!なんと早熟な。
とにもかくにも水が腐亂しないうちに卵の除去と換水あるのみです。

RIMG0066_edited.jpg


産卵を終えてくつろぐ二名→。
おなかはぺったんこになってゐました。
どうせピントの合はない寫眞になるので、テキトーな条件です。
少子化に齒止めうんぬんはともかくとして、これから毎年かういふ風にあわてることになるのですね。

やれやれ。

春本番

RIMG0054_20130407163056.jpg


鹽水バケツから眞水の水槽にうつして四日目。さすがに水は薄く白濁し、畑の土のやうな臭ひがたちのぼってきます。バクテリアが大繁殖してゐるのでせう。これは水が腐敗してゐるわけではないのですが、濾過にたよらない水槽ですので本日は全換水しました。彼ら(?)も新鮮な水に喜んでゐるやうです。
なにしろ動く物體なので、うまい寫眞がとれません。人が近づくと寄ってくるやうになりましたが、餌が浮上性なので、しきりに上を見てゐますね。
いきものは元氣がよいのがなにより。短い尾をグングン振りながら水槽の端から端まで泳ぐ樣子は、幼兒の運動会を見てゐるやうで、心なごみます。

蘭の植ゑ替へはすべて終了。今年の作がはじまります。といってもなにも考えず機械的に水をやるだけですが・・・

Bach_ Sonates pour violon et clavecin


數多くの録音のどれもそれぞれの良さがありそれなりの聽きかたができます。
これはフランスとイタリアの名手二名。ルセのチェンバロは精確無比。着實に音樂を進行させていくベクトルが心地よい。モンタナーリはイタリア人らしく外向的なのかと思ひきや、わかりやすくもハラのすわった一本氣な演奏。緩徐樂章で泣くことなく、背中に哀愁を漂はせる男氣にグッときました。

•J.S.Bach: Sonates pour violon & clavecin/ ambroisie AM109

春支度

RIMG0053_20130331160413.jpg


活魚は三日間の絶食の後、順調に餌を食べて胴が太くなってゐます。まだバケツで鹽水飼育です。今週後半には水槽に移すつもりです。
ところが、膨大な水量の水槽に比べ、十リットルのバケツのはうが水質管理が樂、といふことがわかってしまったのです。もし、水槽の水が惡くなったらそれと同量の水を交換しなければなりません。もちろん五十リットル以上の水は常に汲み置きするつもりですが、全換水となると時間と勞力がたいへんなものになります。
しかし、金魚に関しては基本は全換水。これが鐵則なのです。濾過は換水の手間を少なくするための一時しのぎでしかありません。そのことはバケツ飼育をしてゐるうちに(小生の)カラダに十二分にしみこみました。
ともあれ、餌を欲しがるだけやると當歳二頭で十リットルの水は一日もちません。半日で白濁しはじめ、魚は餌を食べなくなります。日に二囘(!)の全換水、となります。實際には、同じバケツをもうひとつとなりに置いておき、手で魚をすくって移すだけです。超簡單。水槽ではかうはいきません。

數多の魚を天國に送ってきた小生がひとつだけキモに命じてゐること。それは「我流はダメ」。目下のバイブルはこちらこちらです。これらを讀んだら、みんな、金魚をそばに置いてみたくなると思ひます。
ちなみに、當家の一員となった二頭。赤いはうは猛烈に餌を食ひ、遊び好きです。白いはうはおっとり型。赤が白にちょっかいを出して、食後は大運動會にいそしんでをります。

そんな餌やりの樂しさの合間に、蘭の植ゑ替へ。本日は三十鉢ほど。骨が折れます。しかし、季節は待ってくれません。今まで古い芋もそのままにしてゐましたが、根に問題なければ芋は外し、バラして寄せ植ゑにしてみました。今年は去年より少し肥料を多くするつもりですが、さて、作柄はどうなるでせう。

Home > 日記

Recent Comments
Recent Trackback
Search
Meta
Links
Feeds

Page Top