- 02-01-2006
- 音盤&DVD

『古ローマ聖歌/復活祭の晩課』(6~13世紀)
およそ呪術的でない宗教はない。
「いのり」という目に見えないもの、自分よりもおおきな存在を認める人間のいとなみは、モノの世界にすっぽり浸かっているわれわれの日常とは縁遠いものになってしまった。そして、物質と科学が構築してきた文明がなにをもたらしなにを失ったかを明証し、これからどこへ向かっていくのか、それを占う能力を人間は持たない。
このアルバムにはグレゴリオ聖歌が成立する以前の、古ローマ聖歌による復活祭の晩課が復元されているが、およそヨーロッパ的なものとは程遠い音世界が眼前に開かれる。
しかし違和感の垣根を乗り越えることはそう難しいことではない。幾度も延々と繰り返されるアレルヤAlleluiaの合唱、空中に言葉のリボンを吐く朗唱に身をゆだねているうちに、こころの中の重い扉がかすかに開かれていく思いがする。だがそのむこうの世界は、さらに深い闇につつまれて感覚を拒んでいる。
グレゴリオ聖歌の成立が教皇グレゴリウス一世(~604)にまでさかのぼらないこと、そして古来の聖歌がそのまま現在に引き継がれているわけではないことは、すでに定説である。では「いつ」「どこで」「だれが」・・・その問いに答える材料は古代から中世にわたる歴史の流れに求めなければならない。
キリスト教を国教化したローマ帝国は、事実上、教皇が世俗の王権を兼ね、おもに地中海周辺を中心に経営していたが、背後から北方ゲルマン諸族の侵入をたびたび許し、広大なローマ帝国は徐々に解体し、世俗の権力を失っていった。やがて西のローマ、東のコンスタンチノープルに東西二帝が立つ時代になるが、ビザンチンの栄華も一時の夢。西暦622年におこったイスラム勢力はまたたくまに強大になり、東方の弱体化は決定的となる。ローマの権力基盤も危機にさらされる。
8世紀末。アルプスの向こうにフランク王国が強大化し、小ピピン王とその子シャルル大帝の治世に「カロリングルネッサンス」を謳歌する。 しかしどんなに気取ってみたところで、しょせん武力で建国した「蛮族」の端くれであり、彼ら自身もそう考えていた。なんらかの「権威づけ」によって正統性が強化されなければ、いつ他部族の侵略をゆるすともわからない。民衆を納得させるだけの精神的紐帯が必要であった。ここに、世俗の力(=武力)による基盤強化を望むローマと、宗教による上からの権威づけを求めるフランクとの利害が一致した。しかし力関係は当然のことながらフランク有利であり、ローマはそれまでの姿勢を180度転回し、アルプスの北に顔を向けることになる。ここにヨーロッパにおける中世が幕をあけた。
カロリング宮廷ではローマからもたらされた典礼と聖歌を、土着のそれに合わせて整理統合し、書き留め、流布させていった。一方ローマの教権は凋落の一途をたどり、ついには教皇庁がアヴィニョンに移転させられ「ローマの」伝統は絶えることになる。事実グレゴリオ聖歌の最も古い資料は、ローマではなくスイスのザンクトガレン修道院に伝存している。
そこには古代と中世の断絶がある。
古代の聖歌がどのようなものであったか定かではない。しかしおおむね音節に対応する唄い方であったと思われる。つまり、アレルヤなら「ア・レ・ル・ヤ」とそのまま4つの音符があてられる。小学唱歌のようなやりかたで、各地の古い固有聖歌の多くがこうしたシラビックな形を伝えている。 ところが、このアルバムを一聴すればわかるように、古ローマ聖歌はメリスマティックに動く。すなわち木遣や追分節のように「ア~~、ア~~レル~~~ヤ~ア~~~」とどこまでも果てしなく伸びていく。特にアレルヤ唱に著しい。これはどうしたことだろうか。
中世以前のローマ世界は地中海周辺に展開しており、いきおい現在のイスラムあるいはゾロアスター教との接触が直接的であった。今日もイタリアに見る聖堂の黄金のモザイクに埋め尽くされた円蓋天井、むせ返るように漂う香のにおいと永遠に続く祈りのメリスマ、 またドローンと呼ばれる長く引き伸ばされる低音声部は、東方教会をとおりこしてまさにイスラムの祈りの空間なのである。
イスラム教にスーフィズムという神秘主義の一派がある。男たちが白いスカートをまとい独楽のごとく一点で回旋しながら忘我の境地に入っていく行があるが、古ローマ聖歌はそういった陶酔につながる要素が色濃くただよう。逆にグレゴリオ聖歌はそうした古代的東方的色彩を意図的に回避ないし排除することによって独自性を獲得した、とも言える。
- Newer: ビクトリア:聖週間の応唱集 (BMG/BVCD1604)
- Older: PLAIN-CHANT DE LA CATHEDRALED'AUXERRE (harmonia mundi/HMX2908044)
Trackback+Pingback:1
- TrackBack URL for this entry
- http://floscampi.blog43.fc2.com/tb.php/11-3d10b5cb
- Listed below are links to weblogs that reference
- CHANTS DE L'EGLISE DE ROME Vepres du jour de Paques (harmonia mundi/HMC901604) from ego flos campi
